水を止める人がいない
庭の花に水やりをして、そのまま水を止め忘れて出勤してしまった。
帰宅して玄関をみると、水が流れてる。 「あっ……」と思って慌てて止めた。
もちろん最初に浮かんだのは、水道代どうしよう、ということ。 でも、本当に心に残ったのはそこじゃなかった。
「止める人が誰もいないんだな」
そう思った瞬間、妙に孤独を感じた。
もし家族がいたら、途中で気づいて止めていたかもしれない。 「また出しっぱなしやで」と笑われて終わっていたかもしれない。
でも今は、家の中のことに気づくのは自分だけ。 何かあっても、自分で気づいて、自分で対処するしかない。
近所の人が気づいたとしても、他人の家の敷地に入ってまで止めることはないと思う。 逆に、自分でも勝手に入られるのは嫌だ。
最近は近所付き合いも昔とは違う。 適度な距離感が当たり前で、深入りしないのが普通になった。
母がいた頃は、近所付き合いは母がしてくれていた。 私はほとんど無関心だった。
でも母が他界してから、「近所とのつながり」というものを少し意識するようになった。
外で近所の人と会っても、お互いなんとなく背中を向けるような感じ。 挨拶が面倒で、私も避けてしまうことがあるので、お互い様なのだけれど。
別に仲が悪いわけではない。 ただ、近すぎず遠すぎず、そんな微妙な距離感。
それでも今回、水を出しっぱなしにしたことで、 「ああ、この家には今、自分しかいないんだな」と改めて感じた。
年齢を重ねると、「ひとり」を実感する瞬間は、意外とこういう小さな出来事の中にあるのかもしれない。
ちなみに、散水栓のノズルが緩んでいたのも原因のひとつ。そちらは交換しようと思っている。水道代は調べたら1000円ほどのアップで済みそうで、少しほっとした。
